カリテへの誘い（いざない）

既に歩道は、帰宅困難者で溢れかえっていた。
どちらかと言えば、オフィス街である東京駅側からの帰宅者が多いので、
目指すべき方向としては、むしろ逆行する立場だった。

事態が事態だけに、人々は黙々と歩いている。
２４時間営業であるはずの店が、多く閉店しているのは、
なかなか見られない光景だ。

途中、秋葉原の電気街を通った際には、
往年の街頭テレビ状態だった。
気仙沼の津波による火災のニュースが流れていた。
甚大な被害が出ていることを知る。

上野、秋葉原、神田、日本橋と、歩き続けているが、
ＪＲもメトロも、動いていないようだ。
路線バスは、相変わらずの超満員状態、バス停には長蛇の列。

もはや近距離ですら、移動は相当に難しいだろうと察する。
再度、宿泊の可能性を探ってみようと思う。
「ひょっとしたら、空室があるかもしれない・・・」
最後の手段として、東京駅近くのビジネスホテルを
直接当たってみることにする。

しかし、どのホテルも、ロビーやラウンジは、
既に、帰宅困難者で一杯だった。
今夜に限り、２４時間開放するということである。

八重洲地下街も、両端は、
一泊を覚悟した帰宅困難者が新聞紙を敷いてうずくまっていた。
幸いなことに、暖房は効いているようなので、
最悪、ここで始発まで待とうと想定する。

時刻は午後９時頃だっただろうか、
東京駅の八重洲口改札は、運転再開を待つ人々、問合せをする人々等で、
混乱を極めていた。
やはり、動いていなかったか・・・。

だた、よく見ると、東海道新幹線の専用改札だけは、
人が少なかった。
「もしかすると、動くのかもしれない」と直感した。
駅員に尋ねてみると、
「下りのこだま号だけが、名古屋まで運転再開する見込みです。」と言う。
更には、「２０～３０分後に発車予定です。」

思わず、耳を疑った。
と同時に、ついている、有難いと思った。

既に、人々をかき分けて、切符を買う気力も無かった為、
降車駅で精算する旨を告げ、
無事に、新幹線で帰宅することができたのである。

全てが混乱し、交通が麻痺する中で、実に不思議なのであるが、
結果的に、途中の決断が全て正しかったということになる。
いや、全ては何かに導かれたのかもしれない・・・。
このような異常時には、やはり＜巡り合わせ＞というものがあるのだと、
痛感している。

by　櫻井金具製作所